画廊さがし

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ほんの1週間くらい前まで、散歩をする道に彼岸花が咲いていた。秋の澄んだ空気の中で通りかかって見るたび、周りまで染まってしまいそうな、真っ赤な色にはっとさせられた。

ちょうど昨年のこの時期、個展をするため、画廊をさがして歩きまわっていた。人形とファイルをかかえて何度も出かけた。自分の人形に興味を持ってくれて、長くおつきあいして頂けるような方に出会いたい。そんな方のやっている画廊で個展がしたい、と何年も思っていた。

いざ、実際にさがしてみると、なかなか見つからないものだった。知り合いがやったところで、感じがいいなあ、と思っていたところでも、自分にあてはめてみるとしっくりと合わない。画廊にだって、いろいろ傾向があったり都合がある。こちらのかってな思い込みで訪ねていっても場違いな気まずい雰囲気になってしまうだろう。冷静に自分の作品と照らしあわせなくてはいけない。でも考えているうちに結局よくわからなくなって、心にひっかかる画廊の方に、自分が個展をやりたくてさがしている、ということをできるだけお話してみることにした。

人によって、考え方や反応は様々なのだから、期待していないような言葉が返ってくるかもしれない。それは覚悟のうえだ。でも何かしら勉強になることもあるかもしれない。どう言われようと、どう受け止めるかが問題なんだ。前向きな気持ちでいこう。自分を励ましながら歩いていた。人形を入れたバックが肩にズッシリ重たくなってきたころ、銀座のネオンがキラキラとまたたきだした。

                
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# by hirokodoll | 2007-10-12 16:44 | 人形の展覧会 | Comments(2)

宝物

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犬なのか熊なのか、はっきりしないこのバックは、私が幼稚園くらいの時に、母が作ってくれたものだ。洋裁が好きな母は、よくワンピースやスカートを縫ってくれた。これは夏のレースのワンピースの余り布で作ったバックだ。田舎の町で可愛い子供服など、たいして売っていなかった時代に、服とお揃いのバックなんて、もう嬉しくてたまらなかった。幼い私の目には、ちゃんと「犬」に見えていた。レースという素材も、うっとりと、夢見ごこちな気分にさせてくれた。

高校を卒業してから、ひとり暮らしを始める時も、これは持ってきた。何度も引越をしたり、結婚したり、住まいは変わってもこれは手元にあった。と言っても大切に箱にしまって、という訳でもでもなく、タンスのすみっこや、人形の服をしまう箱の中に入れてあったりするのだが、どこにあるかだけは、なんとなくいつも忘れない。

赤い時計。これも幼稚園くらいの時だったような気がするが、親戚の伯母さんからもらったアメリカのお土産だ。そのころ、ブランコが最高に高く上がるとアメリカがほんとうに見えるような気がしていた。木でできた時計の針は2:32分。動かない針を、ずっとワクワクしながら見ていた。

どちらも、今も私の大切な宝物だ。

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# by hirokodoll | 2007-10-05 16:46 | 制作の想い | Comments(0)

千年前の舟の旅

JR東日本のCM「大人の休日倶楽部」で吉永小百合が「庄内なのになぜ京言葉?」と疑問を抱き庄内を旅するシーンが映されているのを見た。以前、写真家土門拳さんの随筆の中で故郷の山形県酒田の女言葉にも、京都弁が混じっている、というのを読んだことがある。

その昔、危険の多い太平洋側よりも、日本海の比較的穏やかな海路を利用し、庄内米、越後米などが京都の方へ運ばれ、京都の方からもまた物や文化が運ばれていた。その名残が言葉に残っているのだと。

物や文化が運ばれていくのには、川も大きなはたらきをしている。福島県のほぼ中央に位置する会津盆地のあたりから、越後平野に通じる大きな川がある。その阿賀川は時として洪水を出し、暴れ川とも言われるほど、恐れられていたがその川の豊かな水の流れによって、千年前、会津盆地には勝常寺を中心に寺が作られ一大文化圏が構成されていた。

とても興味深く思い、仏像の写真集を見ると、心ひかれる仏像がいくつもあった。なかでも勝常寺の薬師三尊坐像は平安時代の地方仏として代表的と言われ、穏やかで、堂々としている。その端正な顔だちには、どこか中央のふんいきを感じる。この土地の広葉樹のけやきを使っているので、ここで作ったらしい。会津の腕自慢の仏師が作ったのだろうか。それとも、京都から派遣された仏師が、はるばる海や川を舟にゆられてやって来て作ったのだろうか。千年前の舟の旅とは、どんなものだったのだろう。想像をふくらませてみる。

阿賀川空中散歩(空から見た阿賀川の写真が見られます)

写真は製作中の人形。やっとパーツが出来てきました。

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# by hirokodoll | 2007-09-28 17:58 | 制作の想い | Comments(0)

表情について

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喜怒哀楽がはっきりと、わからない顔が作りたいと思っている。

笑っている顔、哀しい顔と、一つの感情しか見えない顔は、もの足りないように思えるからだ。角度によっていろいろな表情に見えてくるような顔が作りたい。出来上がってから誰かが見る時に、いろんなふうに見えたらいいと思う。

だから、できるだけ作っている時の自分の気持ちも抑えたい。自分が抑えたつもりでも、それでも、出てきてしまうものが、何なのかを見たい。それは自分自身の心の底にあるものなのかもしれない。

ひと彫りするごとに、残っていくかたち、変わっていく表情を大切に、敏感に反応しながら作りたい。


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# by hirokodoll | 2007-09-20 16:35 | 人形の制作 | Comments(0)

橋の上の風景

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日に日に秋の気配が濃くなってきている。気がつくと、夕暮れもすっかり早くなってきた。

今年の夏もほんの数日、実家に帰った。あまりの暑さに少し躊躇しつつ、買い物に駅の近くの商店街まで歩いて行った。途中には、子供の足で7、8分くらいの川がある。家を出た4時頃は、まだ太陽がギラギラと照りつけていたが、帰りは暮れかけて、橋の上は気持ちのいい風が吹いていた。ふり返ると、東の空は夜の暗さになっていた。家のある方は、橙色の夕焼けが黒く横たわる山をくっきりと浮かび上がらせていた。頭の上は夜と夕方の色がとけあっていた。

子供の頃から、あたり前のようにこの橋を渡った。学校へ行く時、街へ行く時。優しく撫でるような風や、恐ろしく叩きつける冷たい風を頬に感じ、いつも同じようで、同じでない川の流れ、山の色を見ていた。毎日がけしてとどまってはいないことを、いつのまにか体で理解した。

夕焼けは、みるみるうちに、山の向こうにすいこまれ、最後は赤い線になって、消えていった。

写真はいつも渡っていた「思い川・観光橋」と、夏の間に作っていた胴体と足。


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# by hirokodoll | 2007-09-14 16:21 | 制作の想い | Comments(2)