古いファイル3

創形美術学校3年の4月、先輩に「グループ展に参加しないか」と誘われた。1か月ちょっとしかなかったが、5月に神田のスタジオ4Fという画廊で3人展をやることになった。どういう考えで誘ったのかは深く追求しなかった。作品をおもいっきり作れて人に見てもらえればそれでよかった。

私は等身大の自分と40㌢の自分を5人作った。椅子に座らせた等身大の自分の横に、私も1週間、椅子に座っていた。40㌢の自分は床に直接立たせた。タイトルは『5人の私』

素材は発泡スチロールに石塑粘土をつけて磨いたもの。石塑粘土をそれほど厚くつけていないので、耐久性はない。硬いものにぶつかればすぐへこんでしまう。急いで厚くつけたところは後からヒビも入ってしまうかもしれなかった。関節は球体にしているものと、割り箸でただつきさしているものとあった。

3か月後の8月、初めての個展をした。同じ画廊の中に幼い頃の自分の部屋を記憶で再現した。タイトルは『子供部屋』等身大の5人の子供達は、かつて自分とよく遊んでいた、いとこ達。展示して眺めていたら、やっぱり、なんか違うなあと、思えてきた。表現が説明的すぎる。自分の想いが、空回りしていた。

四谷シモン人形学校の教材は、6体中まだ4体目くらいだった。作りたいものを作る技術がともなっていなかった。何かを探し求める気持ちの方が先に歩いていた。24歳だった。


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# by hirokodoll | 2007-06-08 17:27 | 人形の制作 | Comments(0)

古いファイル2

人形を作り始めて4ヶ月目、自分の部屋で作った60㌢くらいの少女の人形が出来上がった。自分が、赤ちゃんの頃着ていた着物をきせた。今見ると、へたくそにもほどがある。と思うが、すっかり人形熱にかかっていたので、創形美術学校の秋の創形祭に出品した。1年生の時だ。

油絵の講師からは、「汚れた下着を見せつけられるような作品だ。」とびっくりするような、なまなましい言葉での批評をいただいた。その方は、何十年もストイックな表現を追求している、極めて理論派の作家だった。その批評も解らないでもない。作品から感情的なものを、いっさいそぎ落としていくことに、命がけで、とりくんでいる方に、情念のようなものを、いきなり目の前に出してしまったのだから拒絶されても仕方ない。しかも、ものすごいへたくそなのだから。美術をやっている場所に、そんなもの出すなよ、と言う事だったのだろう。場違いな空気が流れていた。私としても、なんか自分の求めるものとは違うな、と感じていた。

次の年の創形祭にも懲りずに人形を出品した。自分の幼い頃の記憶の中の家族を作った。一人っ子の私と両親を等身大で作った。服はみんな実際に着ていたもの。人形の後ろにはアルミ板みたいなものを貼ってボワーンと写るようにした。

まだ四谷シモン人形学校で教材をとおして教えていただいている技術と、自分の作りたい人形がうまく重なっていなかった。借り物を着ているようなここち悪さを感じていた。

写真は22歳秋と23歳秋の作品


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# by hirokodoll | 2007-06-01 16:56 | 人形の制作 | Comments(0)

古いファイル

個展3日目。柴田悦子画廊のお仕事を手伝ってらっしゃって、ご自身も作家であるNさんが私の一番最初の個展のDMに興味をもって下さったので、嬉しくなってダンボール箱の奥から色あせたほこりっぽい古いファイルをひっぱり出して、画廊に持って行った。

20代の初めの頃の作品は、学生っぽくて青臭く思えて、ちょっと恥ずかしくてほとんど人に見せた事がなかった。なぜ恥ずかしいのか、と言うと頭で考えて作った作品だからだ。コンセプトが先走っていて技術がともなっていない作品だと思っていたからだ。

私が人形を作り始めるきっかけとなったのは、20代始めに四谷シモン、天野可淡、土井典といった方々の作品を見てものすごいショックを受けたからである。油絵の浪人生をしていた私は、ぐんぐん人形の世界に引き込まれていった。

といっても、すぐに人形ひとすじになつたわけではない。3浪もして、絵から急に人形を勉強したいと親に言っても、びっくりして仕送りがもらえなくなりそうだったので、渋る親をなんとか説得して、絵を勉強する創形美術学校という専門学校へ入学した。もうだいぶ、スネをかじったのにさらにかじり続けた。少し落ち着いてから7月に四谷シモンの人形学校へ入学した。親にはまだ内緒だった。

教材は石塑粘土をつけたり、磨いたり、胡粉を塗ったりと、人形の技術を学ぶもので一体仕上げるまでかなり時間がかかった。次の教材に進むのにもお金がかかる。結果的に教材はのろのろペースで作りながら、はやる心をおさえきれず自分でも作品を作りだした。

写真は130㌢くらいの作品。1982年、22才9月、古いファイルひとつ目の作品。

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# by hirokodoll | 2007-05-25 17:16 | 人形の制作 | Comments(0)

今回の個展の展示方法のこと

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画廊の中に人形が飾ってある、というより、子供が「いる」というかんじにしたかったので、照明は少し落として、スタンドは使わないで人形を自力で立たせる事にした。もし、倒れても大丈夫なように布の下にもう一枚フエルトを敷いた。そして展示台の高さは、かなり低めにした。

人形の手ざわりや重たさをじかに感じていただきたかったので、できるだけ手にとって見ていただくようにした。視覚だけでの記憶よりも、手や体、五感をとおしての記憶の方がずっと実感が残るものだ。人形を手にとってそれぞれの想いを重ねていただけたら、と思った。

しかし人形の高さに、問題があった。ゆっくりと見ていただきたいのに、顔をよく見るには、かがみこまなくてはならない。これは苦しい姿勢だ。どおにかしなくてはならない。4日目から、5つの展示台に1つずつ低いイスを置いた。イスの高さには多少問題はあるものの、これで人形を膝の上にのせ1体1体と対面していただけるようになった。

銀杏色の展示台の前に緑色の布に包まれた低いイスが点々と置かれている様子を枯山水の庭の飛び石を思い浮かべると、驚くほど美しい表現で言ってくださった「柴田悦子画廊」の柴田さん。恥ずかしくてドキドキしてしまった。お風呂のイスだと気づきながらも、どなたもそれには触れずにいてくださって。なんともその優しさに体のしんから温まる思いだった。


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# by hirokodoll | 2007-05-17 22:25 | 人形の展覧会 | Comments(0)

「個展」終了いたしました。

遠くからいらして下さった方、お忙しい中をいらして下さった方、心から感謝しております。人形をとおして、新しい出会いがあったり、懐かしいお顔にお会いできたり、とても意義深い個展となりました。暖かい励ましの言葉を頂きまして、これからもいっそう制作に励んでいきたいと思っております。

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# by hirokodoll | 2007-05-14 19:01 | 人形の展覧会 | Comments(0)