木彫の仏様3

先日図書館で『わが心の木彫仏、東日本』丸山尚一著を、見つけた。そこには、京都や奈良の仏像とはあきらかに違う、素朴でおおらかで力強い数々の仏像の姿があった。簡単に稚拙な表現とは、言いがたい迫力を感じた。

目次は、みちのく、会津、越後、信濃路、甲斐、東国、とに分けられている。個性豊かに荒々しく彫られた中に、親しみやすさや、愛らしさが、漂っている。

驚いたことには新潟県、水保観音堂にある十一面観音など頭の上の十一面は鉢巻きのようなものに、小面たちを墨描きしただけだ。うっすらと見える墨で描いた顔があどけない。まるで村の誰かの顔をいたずらに描いたようにもみえる。

前橋、日輪寺の十一面観音のノミのあとも、像を生き生きと見せている。無造作にザクザクと彫った頭の上の化物の顔は、きっと光と影のかげんによって、いろいろな表情に見えてくるのだろう。作者は京都や奈良の仏像をまねて、作ろうとしたのではなくて、みずからの仏のイメージを追い求めて作ったのではないだろうか。作者の強い意志を感じる。

朝廷文化の中で育っていった中央の仏像とは違う仏像が、時代の様式とは別に、その地方地方に育っていったのがわかる。

まだ知らないところに、どんな仏像がいるんだろう。

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# by hirokodoll | 2007-03-02 23:04 | 制作の想い | Comments(0)

木彫の仏様2

昨年の秋に東京国立博物館で見た「仏像一木にこめられた祈り」展で、強く印象に残った仏像が数体あった。鉈彫(なたぼり)と言われる技法でノミの彫り跡が残っている像だ。奈良や京都のものに比べるととても大雑把で、一見つたないかんじに見える。作るのを途中でやめてしまったようでもある。それらはどれも関東地方、東北地方、といった、東日本のものだった。他の観賞者も、「えっこれなに」という顔をして足を止めていた。そして小さく「クスッ」と笑っている。栃木県出身の私は、自分が笑われているような、恥ずかしいような、ふに落ちない気分になった。でもその像は、見れば見るほど親しみやすく、温かな笑みには心を引き付ける魅力が溢れていた。リズミカルなノミ跡からは穏やかだけれど力強い存在感が伝わってきた。。

すぐ後でノミの彫り跡が、残ってしまったのではなくて。なめらかに作った後、わざとノミ跡を残したのだ。こんな風にしかできなかったのではなくて、あえてこういうかんじにしたのだ。という事がわかり、ほっとした。インドや、中国、朝鮮の文化の影響を受けて奈良や京都に仏像が作られるようになった。それが地方に伝わって行く時、そのまま伝わるのではなくて、その土地の信仰心の対象にふさわしいかたちとなり風土の中で生まれ、育っていったのだ。そして、これこそが オリジナリティーなのだ、と思った。(つづく)

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「十一面観音菩薩立像」 神奈川 弘明寺
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# by hirokodoll | 2007-02-23 22:55 | 制作の想い | Comments(0)

銀座プランタン「現代創作人形作家展」開催中

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普段は家に居ることが多いが、自分が出品している展覧会の間は人形をとおして、いろいろな方に会えるので、できるだけ会場に行っている。初めてお会いする方はどんな表情で自分の人形を見てくれているのだろうと、こっそり様子をうかがってしまう。何かを共感しあえるというのは、作り手の喜びだ。人と接していると、直接感じるものがある。良い時も、そうでない時も、あるけれど全部含めて楽しんでいる。

他の出品者の方達とお話しするのも自分のとは違った素材だったり考え方があって興味深い。まだ若い作家さんで、130㌢くらいの大きな人形を出品している方がいた。迫力があるので130㌢よりもずっと大きく見える。人形を作り始めたきっかけを話してくれた。高校生の時に修学旅行で東京に来て渋谷の本屋さんで偶然、天野可淡の写真集を見たこと。そしてあまりにも驚いてボーッとしてしまったこと。現代美術館で実物を見た時も、すごすぎてボーッとしてしまって、今でもものすごい刺激を受けていると、その熱い思いが伝わってきて、ふっと、懐かしくなった。

私も二十歳そこそこの時、天野可淡の個展を見た時にはものすごさに圧倒された。そのころ近い時期に四谷シモンや土井典の個展を見る機会があった。20年以上前のあの鳥肌の立つような感覚はけっして忘れられない。なんて貴重なものが見られたんだろうとしみじみと思う。こんなにも人に影響を与える作品がある事。それに出会えた幸せを感じる。若い作家の方と話して、また新鮮な気持ちが甦ってきた。


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# by hirokodoll | 2007-02-15 23:43 | 人形の展覧会 | Comments(0)

かつら

描き目タイプの女の子にツヤのある髪質の三つ編みのかつらをつけたが、どうも質感があわないように思えて、変えることにした。大阪の人間用のと人形用どちらも扱っているかつら屋さんに注文した。注文する時には頭の大きさや髪の長さを書く注文書に添えて人形の頭の型紙のようなものをいっしよに送る。この型紙の作り方は私の人形の母校エコール・ド・シモンで教えて頂いた方法だ。

人形の頭に直接サランラップをあててその上からセロテープで上下左右、斜めに貼っていく。幾重にか貼って形が落ち着いてきたところでマジックで印をつけて、ぐるっとかつらを頭にはりつける時の形に切り抜く。頭の方向がわかるように、前側に印をつける。これなら頭の大きさだけではなくて頭の形の深さや特徴も含めて実にわかりやすい。

そして一か月がたち、出来上がったかつらが送られてきた。この箱を開ける時はドキドキしてしまう。どうかあの人形にピッタリの雰囲気でありますように。もどかしい気持ちで箱を開け頭につけてみる。モヘアの毛の質感が柔らかくて、前よりも自然なかんじになった。注文する時に以前自分で染めたモヘアを色の見本として入れておいたので、色も希望どおりになっていた。真ん中の分け目のところや前髪までちゃんと綺麗で、職人さんの丁寧な仕事には感謝の気持ちを伝えたくなる。

速乾性のボンドで頭にはりつけ、きちんと編んである三つ編みをほんの少しくずして、ラフなかんじにした。ふわっと、春の微風にふかれたようになった。


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この人形もプランタン銀座で2月13日から19日まで開催の『現代創作人形作家展』に出品します。今回は7体出品します。


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# by hirokodoll | 2007-02-09 17:29 | 人形の素材 | Comments(0)

出来たてのホヤホヤ

プランタン銀座で2月13日から始まる「現代創作人形作家展」に出品する男の子の人形の帽子を編んだ。まず、頭の周りの大きさに合わせてくさり編を作る。そして編み棒を5本使って編み目を輪にして編んでいく。最初はゴム編で4段くらい、後はメリヤス編で編む。メリヤス編に入ったものの棒が指にひっかかって編みにくい。手持ちのアンティークドールの赤ちゃんの帽子を見てみた。あれーしまったー。手抜きとは言わないけれど、とても効率良く編んでいる。もちろん形もきれいで見栄えもいい。なんで今までこの編み方に気ずかなかったんだろう。と、しばし悔やむ。さすがに西洋の方だなあ。と相手を讃えてみたりして。でも私の編み方だって利点はある。頭にかぶせて形を確認しながら編めるのだ。このままの方法で進めることにした。

耳を出してかぶるか、深くかぶるか、迷った。かぶせたり、出してみたり。やっぱり出すことにした。今度はゴム編のところを折り返して厚みをつけるかどうするか。毛糸によって太さや質感が違うから注意深く編んでいかなくてはならない。頭の中で考えている時と実際とでは違ってくる。ゴム編は折り返すとリアルな感じにはなるけれど少し重たい感じに思えた。なんだか人形の顔の表情がこわばって見えたので折り返さないことにした。何度も離れて眺めてみる。帽子といえども人形全体のシルエットが大切なのだ。だんだん編み目を減らしていく。先がとんがってきた。

やっとてっぺんのところまできて大きな栗のような形になった。あとはボンボンだ。結び目が玉のようになっていて、そこからフサフサが出るボンボンをつけてみた。離れてみたらフサフサが大げさになってしまった。全体のシルエットが決まらない。すんなりいかないのはいつものこと、なれっこだ。と言いつつ、もたもたするのは少し悲しい。気をとり直して普通のボンボンを作った。やったー。ようやく完成。そこで『栗太郎』と命名した。



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# by hirokodoll | 2007-02-02 18:50 | 人形の服 | Comments(0)