<   2008年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

顔描き

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顔全体の形の流れを出すために、目の輪郭のオウトツをできるだけ抑えて彫るようにした。これ以上彫っていると均質に手が入って表情が固くなってきてしまいそうだったので、顔を描いてみることにした。

描くといっても、絵の具を木になじませていくかんじ。描いたことがはっきりわからないように。

作業机に西日があたる時間は、微妙な色が見えにくいので、落ち着いた光の時間に描くようにしている。うっかり強い色を置くと木に染み込んで統一感がなくなってやっかいなことになる。木目があるから染み込み方が変な方向に行ってしまうこともある。いっきに仕上げず、少しずつ薄い色を重ねていく。一日たって、様子を見てから重ねる。また何日かおいて、眺めてみる。描きすぎないように、木の肌合いの透明感を失わないようにしなくては。

目玉の色は自然に近いようにセピアっぽく、中心の一番濃いところは寒色系にして、ひきしめたいと思った。

髪の毛は筆の線で毛の柔らかさを出そうとしたけれど、なんだかもの足りなかったので、色鉛筆で直線的なタッチも入れてみた。まだこれから、布で部分的に拭き取ったりぼかしてみたり、上から線を入れたりしようと思っている。

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by hirokodoll | 2008-05-30 17:12 | 人形の制作 | Comments(0)

細部と全体

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手の指の爪を作ったり、関節の穴も開けて、やっと仕上がりに近づいてきた。いつものことながら、なかなか思うようには進まない。

早く仕上げたくてじりじりする気持ちを抑えつつ、もう一度解剖の本を見ながら骨や筋肉の仕組みを確認してみる。

子供を作っているのだから、そんなに骨ばったり筋肉質っぽくなってしまったりしたら変だけれど、体の構造を意識していた方がいい形を見つけるためのひっかかりになるかもしれない。重心のかかり方や動きを頭の中でイメージしながら人形を眺めてみる。

細部へ入りこんでいきたい気持ちを、全体に戻してみる。部分部分の表情が全体の形の流れの邪魔をしていないか。きちんとしているだけの説明的な写実になってしまってはつまらない。ちゃんと自分の求めている子供の可愛らしい形を探さなくては。

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by hirokodoll | 2008-05-23 16:48 | 人形の制作 | Comments(0)

隙間

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先日読んだ入沢康夫という詩人の詩に関する文章の中で「詩とは作者の気持ちを述べるものではなく問いかけ求め発信するもの」というようなことが書かれてあった。

表現方法は違うけれど、私の人形に対する想いを重ねてみた。するとなぜか心が解放され、気持ちが軽くなったような気がした。

人形を作っている時、無意識のうちに自分の心に問いかけているけれど、作品の上には自分の感情はむき出しに現したくないと思っている。人形を見る人にもけして自分の感情を押しつけたくない。自由に感じとれるような人形でありたいと思っている。

見る人の心が、入っていく隙間があってこそ魅力的な人形なのだと。


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by hirokodoll | 2008-05-16 16:36 | 人形の制作 | Comments(0)

"修学旅行"再

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木で人形を作るようになってから、日本の古い仏像に興味を持つようになった。と言っても実際に奈良や京都に行った経験は中学と高校の修学旅行と専門学校時代の5日間くらいの古美術研究旅行しかない。学校の授業の一環として行ったそのときにもそれほど強い関心がなかったので、もったいないことに漠然と見てしまった。

最近になって哲学者、和辻哲郎『古寺巡礼』という本を読んだ。お寺を歩き仏像を見てまわりその感じたことを鋭い独自の視点から書かれた文章に触発されいっそう興味が湧いてきた。出かけて行って自分の目でみたいけれどなかなかそうもいかない。大正8年ごろに書かれたその本から想像してみるが、どのような空間に仏像が置かれているのか、配置や大きさの違い、光の具合はどんなものか、今のお寺の周りの雰囲気はどうかまではわからない。

そこでパソコンで気になるお寺を見てみた。画像の写真が鮮やかにまさにリアルタイムの情報が解りやすく出てくる。でもなんだか、少しよそいきな感じに思えた。

たまたま図書館で『日本美術観光団』(朝日新聞社)を手にした。赤瀬川原平山下裕二、がお寺や神社を歩いて見てまわるという本だ。住職さんや宮司さんに案内されたり、そこに観光に訪れている人の様子が出ていた。美術史の本には出てこないような2人が撮った町の面白い写真が載っていたりする。これぞ大人の修学旅行、というかんじだ。

今、私の頭の中は美しい和辻の文章や画像からの情報、かじったばかりの美術史の知識がごちゃごちゃと散らかっている。でも学生の時の覚えるだけの教科書の上の勉強ではなくて、想像力と遠い記憶もたぐりよせ、時間を越えたコラージュ作品を作るように楽しんでいる。


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by hirokodoll | 2008-05-08 18:15 | 制作の想い | Comments(0)

ふわふわの記憶

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明るい日だまりの中を、まあるく膨らんだタンポポの種がふわふわと飛ばされていく。微風と遊んでいるようなその様子を見ていると、なにか懐かしい心持ちになってくる。

柔らかくふわふわしているものは見ているだけで穏やかな気分になってくる。幼い日の優しく守られていた幸せな記憶とつながっているのだろうか。

実際にそれを触っていなくても、視覚からだけでもつたわってくる。どうも感触という感覚は、知らず知らずのうちに記憶に結びついて、ある感情をよびおこすもののようだ。気がつくといつも自分で心地いい感触のものを選んでいる。

桐塑を素材とする人形では得られなかった安心感を木に求めたのも、遠い日の記憶に心が動かされたからなのかもしれない。

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by hirokodoll | 2008-05-01 17:55 | 人形の制作 | Comments(2)