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『シンボルず』の黒川晃彦先生

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20代前半、油絵の勉強をしていた時ー創形美術学校ー、2週間だけ彫刻の授業があった。モデルさんを見ながら油粘土で、顔を作るのは初めてで、もの凄く楽しかった。

その時の講師の黒川晃彦先生が昨年、みうらじゅんとMEGUMIの 『シンボルず』というテレビ番組 (東京12ch)に出ていて、びっくりした。これは両氏が町にあるアート作品をたずね歩く番組。その日はみうらじゅんが先生の「楽器を持つ人」の彫刻に興味を持ち、先生と一緒に彫刻のおいてある公園に行ったり、彫刻について語ったりする内容だった。(その時の回)

あまりの懐かしさに、先生のホームページ から、テレビ観ましたとメールを送った。24年前の生徒を覚えていて下さるかしら、と思っていたら、すぐに返事を下さった。ありがたいことに、私の人形の初個展の時の作品まで覚えて下さっていて感激した。

彫刻の授業の後、何か月か後、学生5、6人でお酒を飲んだ帰り、突然夜遅く、先生のお宅におじゃましたことがある。「なんだよお」と困りながらも笑って中に入れてくれた。「明日早いんだよ」という声を聞きながら、部屋の中にあった先生の作品の楽器を持つ男の人のブロンズ像に見入り、圧倒され立っていたのを想い出す。その頃人形にめざめ、作り始めていたけれど、まだ自分でどんな人形が作りたいのかはっきりわからず模索しているところだったので、ひとつの方向性を見いだしていくきっかけとなった。

昨年12月に私も出品していた人形の雑誌「ドール・フォーラム・ジャパン」のやっていた画廊のお別れの展覧会のハガキの地図に「彫刻のあるベンチ.サックス&フルート奏者」とあったので、まさかと思って行ってみたら、まぎれもなく黒川先生の彫刻だった。画廊から5分と離れていなかった。しかもテレビで見た公園だ。こんなこともあるんだなあ、見えない糸で、つながってでもいるかのように思え、一人再会に喜んだ。

今年も『シンボルず』に再び先生が出演されていた。突然な無礼な学生の訪問を受け入れてくれたあの日と、ちっともお変わりのない笑顔で、変わらないスタンスのブロンズ像とともに。


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by hirokodoll | 2008-01-25 16:26 | 制作の想い | Comments(0)

土門拳写真展

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明るい日差しの中へ出ると、頬にあたる風が、びっくりするほど冷たかった。

武蔵野市立吉祥寺美術館でやっている「土門拳」の写真展に行って来た。どこか昭和のムードの残るサンロードの雑踏をぬけ、伊勢丹デパートの7Fに上がると、小じんまりと静かな美術館があった。

肖像写真を集めた「風貌」、仏像やお寺を撮った「古寺巡礼」、九州の炭坑で撮った「筑豊のこどもたち」、主に東京の下町で撮った「こどもたち傑作選」など、いくつかのコーナーに分けて展示されていた。

まず、入り口に近いところの肖像写真で、すぐに足が釘づけになった。被写体の人物がこちらをギッとみつめてくる。もの凄い目だ。息づかいが聞こえてきそうだ。撮影の時のエピソードも添えられていて、とても面白い。シャッターを切るまでの時間の長さ、張りつめた空気までしっかりと写っている。異様に響いたであろうカシャッというシャッターの音までも

「古寺巡礼」で撮った仏像の写真はこれでもか、というくらいの質感が写っていた。仏像をわしずかみにでもしているかのようだ。

「筑豊のこどもたち」では、貧しい炭坑の暮らしを強いられている幼い女の子の瞳が、こちらを見つめてきた。忘れられなくなってしまう目をしている。

東京の下町の子供達を撮ったものは、いつも見ている写真集にいる馴染みの子も何人かいて、なんだかほっとした。小さな路地で遊ぶ賑やかな子供達の声が聞こえてきそうだ。いたずら小僧の頭をグリグリ撫で回すお父さんの視線で撮っているように思えた。

どの写真からも、匂いや音、手触りが見えてくる。けっして被写体への同情や感傷にとどまっていない、写真としての面白さが感じられる。「写真の鬼」とまで言われた「土門拳」が自身で感じたものを写真に写し出したいという執念が、思う存分に味わえる展覧会だった。

入館料は100円でとても安いです。65歳以上の方、小学生は無料です。

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『土門拳写真展 日本のこころ』

2月11日(月・祝)まで

武蔵野市立吉祥寺美術館

土門拳記念館のホームページ                                    

<こさめ・熱海 1955年>

                      
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by hirokodoll | 2008-01-18 16:15 | 観た展覧会 | Comments(0)

冬の装い

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お正月も少し過ぎて街はいつもの空気になってきた。明日は東京にも雪が降りそうだ。私は寒がりなので、冬はつらい。だからか、人形にも温かいかっこうをさせたくなる。

そんな中、嬉しいメールが届いた。昨年5月の個展の時に、人形を買って下さった方から、ご自分で作ったコートを着せたお人形が写った写真だ。夏にも浴衣を作って着せ替えた写真を送って下さった方だ。浴衣は私の発想になかったからほんとうにびっくりして嬉しかった。そして実に似合っていた。冬の着こなしも、またシックで素敵なのに驚いてしまった。ボタンやポケット、帽子、細かいところまで愛情タップリだ。

柔らかいコートにほっこり包まれて、とっても幸せそう。これなら明日の雪も大丈夫。

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by hirokodoll | 2008-01-11 16:18 | 人形の服 | Comments(0)

初詣で

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大晦日から、一晩眠っただけなのに、元旦の空気はなんだか新鮮になっているような気がする。

昨年一年をふり返ると、出会いや別れが折り重なった節目のような年だった。人形を作っていたからこその嬉しい出会いや、自分にはどうすることもできない哀しい別れもあった。

そんな中で、心残りに思うのは、いつも誰かとの別れ際だ。たまにしか会えない方や、大切に思っている方ほど気持ちが高ぶって言葉がうまく見つからなくなってしまう。肝心なことを、言い忘れているような、もっと伝えたい何かがあったんじゃないかと、おおいに焦る。挨拶の後、背中を向け歩き出したとたん、頭をかすめたもどかしさの存在が、はっきりとしてくる。後戻りできない距離になればなるほど、その思いは強くなっていく。気持ちと言葉のタイミングがずれてしまったことに胸の奥の方が、重たくなる。帰る途中も思いは消えず、家まで持ち帰ってしまうこともたびたび。言葉を探しているうちに、時間は流れ、言えなかった言葉が胸の奥に堆積してしまう。

そんな時、人形を作っている限りまた会えるよ、ともう一人の自分が慰めようとする。きっといつかチヤンスはやってくるから、と。

初詣で、念には念を入れて、神様にもお願いしよう。また、どうぞ、あの方にも、この方にもお会いできますように、訪れる日が来ることを信じて。

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by hirokodoll | 2008-01-06 18:03 | 制作の想い | Comments(0)