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『マルレーネ・デュマス展』を見た。

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数年前から興味を持っていた女性作家の展覧会を東京都現代美術館に見にいった。

作品は人物がメインで人物の背景はほとんど描かれていない。油絵で描いたポートレイトや、日本の墨絵のようなモノクロの水彩画が並んでいた。スピード感のある筆はこびが人物の生き生きとした表情を画面にとどめている。特にモノクロの作品は、説明的に描写していない分、ストレートにみずみずしいものを感じさせる。墨絵のたらしこみの技法のような黒い絵の具のぼかしは、偶然を自分に引き寄せているかのようだ。

マルレーネ・デュマスは白人でフランスの姓を持ち南アフリカに生まれ南アフリカの大学で美術を学んだ。その後オランダのアムステルダムで心理学を学び、現在はアムステルダムを拠点にしている。今回のテーマは「ブロークン・ホワイト」政治や宗教など、想像するにはあまりにも、深く複雑な問題がある。会場のビデオでは作家自身、女性が子供を育てる事と、芸術活動をする事についても自分に問いかけていた。

目の前の沢山の人物の顔がこちらを見つめてくる。もの凄いリアリティーだ。誰かの一瞬の表情を捉えたはずのその視線の向こうに、デュマスのまなざしを感じた。

「マルレーネ・デュマス展」7月1日(日)まで 東京都現代美術館


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by hirokodoll | 2007-06-28 16:10 | 観た展覧会 | Comments(0)

夏の服

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個展の時に人形を買って下さった方から、着替えのご依頼があった。その方が着ていた、服を使って、同じデザインに作ることになった。爽やかな紫陽花色のシャツと、サラッとした感触の細かいストライプのベストをお預かりした。パンツもストライプの生地で作ることにした。

服にハサミを入れる時、失敗して生地が足りなくなったら大変なので少し緊張した。旅行に行かれた時に買ったと、懐かしそうにお話されていたお顔がふっと頭に浮かんだ。

途中はいつも何度も着せたりぬがせたり様子を見ながら、仕上げていく。ベストのデザインが凝っていて可愛いので、作りがいがあって楽しかった。

完成して着せていると、カーテン越しに夏の日差しが照りつけてきた。


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by hirokodoll | 2007-06-22 16:01 | 人形の服 | Comments(0)

再会

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創形美術学校の時、初めて個展を開いた神田の画廊『スタジオ4F』はまだ20代の若い方がお二人で経営していた。

先日の個展の3日目に、そのオーナーのお一人がいらっしゃった。突然23年ぶりの再会に、ほんとうに驚いてしまった。お互いに「なんでここに」というかんじで一瞬みつめあってしまつた。話を聞くと、私の個展だという事を知ってていらしたわけではなくて、ここの画廊のオーナーの柴田悦子さんと親しいお友達だったということがわかり、さらに驚いてしまった。

今回どこの画廊で個展をするか、すぐに決まったわけではなかった。自分の人形の雰囲気にあう場所を何年も探していた。やっと見つけて柴田さんに人形を見てもらい、なんとか個展をやらせていただけることになった。だからお二人が、大学時代からのお友達だったなんて、不思議なご縁ってやっぱりあるもんなんだなあと、しみじみと思った。

以前のオーナーはだいぶ前に画廊は閉めて、現代美術の作家として活躍されている。フランスに留学したり、制作のために広いアトリエが必要なので地方に住んでいたり、なかなかお会いする機会がなかった。先日はたまたま東京に次の作品のための資料を集めに来て、帰る途中に、柴田さんに会いに来たのだった。私の『スタジオ4F』での作品もよく覚えていて下さった。あの頃、まだつたない人形をとても面白がって下さって、励まされたり、勇気づけられたりした。

懐かしい口調での会話の中で、私の心にひっかかっていた問題の部分に、キラッとした言葉を残して帰っていかれた。

いつかまた、お会いできる日を夢みている。

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上の写真は初めての個展(1984年)の作品

下の写真は今回の個展(2007年)の作品


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by hirokodoll | 2007-06-14 17:44 | 人形の制作 | Comments(0)

古いファイル3

創形美術学校3年の4月、先輩に「グループ展に参加しないか」と誘われた。1か月ちょっとしかなかったが、5月に神田のスタジオ4Fという画廊で3人展をやることになった。どういう考えで誘ったのかは深く追求しなかった。作品をおもいっきり作れて人に見てもらえればそれでよかった。

私は等身大の自分と40㌢の自分を5人作った。椅子に座らせた等身大の自分の横に、私も1週間、椅子に座っていた。40㌢の自分は床に直接立たせた。タイトルは『5人の私』

素材は発泡スチロールに石塑粘土をつけて磨いたもの。石塑粘土をそれほど厚くつけていないので、耐久性はない。硬いものにぶつかればすぐへこんでしまう。急いで厚くつけたところは後からヒビも入ってしまうかもしれなかった。関節は球体にしているものと、割り箸でただつきさしているものとあった。

3か月後の8月、初めての個展をした。同じ画廊の中に幼い頃の自分の部屋を記憶で再現した。タイトルは『子供部屋』等身大の5人の子供達は、かつて自分とよく遊んでいた、いとこ達。展示して眺めていたら、やっぱり、なんか違うなあと、思えてきた。表現が説明的すぎる。自分の想いが、空回りしていた。

四谷シモン人形学校の教材は、6体中まだ4体目くらいだった。作りたいものを作る技術がともなっていなかった。何かを探し求める気持ちの方が先に歩いていた。24歳だった。


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by hirokodoll | 2007-06-08 17:27 | 人形の制作 | Comments(0)

古いファイル2

人形を作り始めて4ヶ月目、自分の部屋で作った60㌢くらいの少女の人形が出来上がった。自分が、赤ちゃんの頃着ていた着物をきせた。今見ると、へたくそにもほどがある。と思うが、すっかり人形熱にかかっていたので、創形美術学校の秋の創形祭に出品した。1年生の時だ。

油絵の講師からは、「汚れた下着を見せつけられるような作品だ。」とびっくりするような、なまなましい言葉での批評をいただいた。その方は、何十年もストイックな表現を追求している、極めて理論派の作家だった。その批評も解らないでもない。作品から感情的なものを、いっさいそぎ落としていくことに、命がけで、とりくんでいる方に、情念のようなものを、いきなり目の前に出してしまったのだから拒絶されても仕方ない。しかも、ものすごいへたくそなのだから。美術をやっている場所に、そんなもの出すなよ、と言う事だったのだろう。場違いな空気が流れていた。私としても、なんか自分の求めるものとは違うな、と感じていた。

次の年の創形祭にも懲りずに人形を出品した。自分の幼い頃の記憶の中の家族を作った。一人っ子の私と両親を等身大で作った。服はみんな実際に着ていたもの。人形の後ろにはアルミ板みたいなものを貼ってボワーンと写るようにした。

まだ四谷シモン人形学校で教材をとおして教えていただいている技術と、自分の作りたい人形がうまく重なっていなかった。借り物を着ているようなここち悪さを感じていた。

写真は22歳秋と23歳秋の作品


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by hirokodoll | 2007-06-01 16:56 | 人形の制作 | Comments(0)