新宿駅西口を出て歩きだすとすぐ、頭のてっぺんから叩きつけるような、冷たいビル風が吹いてきた。ひときわ目立つ建設中の東京モード学園コクーンタワーの斜め向かいにある損保ジャパン東郷青児美術館でやっている『小杉小二郎展』に行ってきた。
美術館のある42階から窓の外へ目をやると空がぐんと近づいていた。会場に入ると、落ち着いた照明の中に、絵がしっとりと浮かび上がって見えた。40年近くフランスに住んでいる小杉小二郎の絵は、画廊で時々何枚か見たり、本で見たりすることはあったが、こんなふうに、囲まれて見るという機会は初めてだった。やっと会えた喜びをじっくり確かめるように絵の前に立った。
小さなアンティークドールや、素朴な絵が描いてあるお皿をモチーフにした一枚の絵は、まるで大切にしまっておいた想い出の品を、そっと手にとり、眺め愛おしむように描かれていた。また、いくつかのビンをモチーフにしている絵は、透き通るようなハーモニーを奏でているかのようだった。港や船、飛行機の絵は何かの物語の断片のようであり、その話の続きのページをめくりたくなるような気持ちになった。
どの絵も、とろけるような、薄明かりの中で響きあう色と形。まるで春の黄昏が、ゆっくりと暮れていく瞬間がスローモションにえがかれているかのようだ。いつの間にか夢見ごこちになってくる。この絵から漂う余韻はいったいなんなのだろう、緻密に計算されつくしたえがかれた物と余白のバランスによるものなのか、風景の中に小さく鮮明ではなくえがかれた人物の表情に何か秘密が隠されているのだろうか、
でも、それを探るのはなんだか、野暮に思えてくる。春の黄昏が、夜に包まれていく時間を惜しむように、じっとその絵をみつめていたくなる。そして、無性にその絵との別れが名残り惜しくなってきた。
会場には絵のモチーフに使われた素敵な陶器や人形なども展示してあります。
『小杉小二郎展』
2月17日(日)まで
損保ジャパン東郷青児美術館
<ノルマンディーの船着場、2005年>